感情が生まれる瞬間。

 

「感動した。」

 

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そう思うときは、

いつも感情が動かされている。

 

 

その瞬間は、決まって涙が頬を伝り、

地面にポツリと流れ落ちる。

 

 

涙腺が弱くなるとおじさんになった証拠だといわれるが、その通りかもしれない。

 

こうして一歳、また一歳と年をとっていく。

 

一年経つごとに涙腺が徐々に弱くなっていくのだろうか。そうだとしたら、僕の目から、ナイアガラの滝が流れるほどになってしまう。それは、ちょっときついなと思いつつ、ここに言葉を綴っている。

 

 

人は、どんなことに感動するのだろうか?

 

 

よく言われるのが、映画。

僕は、子供が成長したとき。

最近だと、ワールドカップのベルギー戦など、

多くのことが挙げられる。

 

これらに共通しているのが、

人が何かを頑張っている瞬間だと言える。

 

やったことがないことに挑戦する人を見て、

感情が動かされる。

 

確かに失敗するか、

成功するかなんて分からない。

 

だけど、そのどっちに転ぶかわからない状況に

気持ちを動かされている。

 

結果はどうあれ、

結果を目指す過程にこそ、価値があるのだ。

 

なぜなら、そこにストーリーが込められているからだ。

 

 

彼らが人生を生きる中で没頭してきたことを

舞台の上で表現する。

 

 

見る側は、その過去の部分も含めて、

評価している。

 

 

彼らが本気で挑戦していると、

内面からにじみ出るものが味となる。

 

その味を感じとり、

私たちは、感動する。

 

美味しいものを食べたときの感情と

どこか似ているように思える。

 

 

作った人のストーリーを感じ取り、

感情を突き動かされ、

好きになっていく。

 

 

感情とは、全てのものに通ずるものが

あるのかもしれない。

 

 

そう考えていると、

時計の針が3時15分を差し、

外を見れば雲の切れ間から一筋の光が徐々に明かりを照らし始めている。

 

床に敷かれた布団入り、

もう目を瞑るのかと思いながら、

1日が24時間しかないことを悔やむ朝方。

 

夜が明ければ、

新たな光に包まれ、

また1日が始まっていく。

 

こうやって年をとっていくのだなと思い、

再び目から一筋の涙がこぼれ落ちていく。

 

また涙腺が弱くなってしまったと思い、

敷かれた布団に包まれて、

明日を迎える。